軍事軽視国家カルタゴ?

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20100829/p2
Apemanさんのところのブログのコメント欄で、「カルタゴ等、軍事を軽視した大国の多くが滅び去っている」というコメントがされている人がいました。それで、色々とブログを検索してみたのですが、コメント欄の人に限らず、「カルタゴが軍事を軽視したため、ローマに滅ぼされた。(だから、日本はカルタゴの様に滅ぼされない様に気をつけろ)」という主張をしている人は、それなりにおられるみたいです。例えば、こことか、こことか。


僕はカルタゴについては、新書1冊と興亡の世界史しか読んでいないので、大した事を知っているわけではないのですが、カルタゴは、別に軍事を軽視して、通商のみに勤しんでいた国家だったわけではなく、(陸軍はそうでもなかった様ですが、)強力な海軍を有しており、その歴史において、シチリア島などを巡ってかなりの期間、抗争を続けていたことは概説書でも述べられていますし、wikipediaにさえも書かれています。少なくとも軍事軽視国家だったと決めつけることは難しい様に思います。


カルタゴの歴史―地中海の覇権をめぐる戦い (文庫クセジュ)

カルタゴがその全歴史を通じて努力したことは、海上交易の周航路や交換の要路の主になり、ひいてはその地位に長くとどまることであった。こうしてカルタゴは重要な艦隊を−通商のためであろうと、戦争のためであろうとー維持し、海上において優位を保持した。(p114)



通商国家カルタゴ (興亡の世界史)

前410年に始まるマゴ一族のシチリアへの再出兵はその表れである。そしてその遠征以降、シュラクサイ(現シラクサ)を中心とするシチリアギリシア人達との抗争は前4世紀の間中、断続的に繰り返され、一種のルーティンワークと化すのである。(p226)



今までその言葉を一度も使ったことがないとまでは言いませんが、僕は「歴史に学ぶ」という言葉があまり好きではありません。「世界の歴史を紐解けば」とか「歴史に学べ」とか言う時、その歴史は往々にして(発言者が伝えたい)教訓となる様に都合良く修正されるからです。「カルタゴの歴史に学べ」と言う時、「日本は国防に気をつけるべきだ」という教訓にしたいがために、海上帝国であったカルタゴが通商のみに勤しんだ、安全保障を軽視した国家であったかの様に修正される様に。


仮想戦記を持ち出して、我々の教訓とすべきだと主張しても、あまり説得力はないでしょう。歴史を持ち出して語られる教訓が、説得力がある様に聞こえるのは、その出来事が実際にあったことなのだと僕達が思うからです。聞き手に真実だと誤解させながら、実際は都合よく修正された物語を語る。教訓として巷で語られる歴史の中にも、歴史修正主義が潜んでいる様に思うのです。