男系維持派の「伝統」と僕達の「伝統」は違うのでは

今回は結構大きいテーマ。「なぜ女性・女系天皇天皇制の根幹に関わる問題なのか」
ゲストは日本大学法学部教授の百地章氏。男系天皇維持論の方。


百地氏は、八木秀次氏の様に、さすがに例のY染色体説までは持ち出さなかったけど、「女系論を認めると、左派(否定論者)が一統性・正当性を攻撃する」「報道しているのは朝日だけ」とかいう台詞などに、いかにも右派側の人だなあという印象を受けた。性役割分業意識もお持ちの様だし。


百地氏の主張に、神保さんもあまり納得しきれてないようだったけど、それは僕も同じだったし、むしろ八木氏がY染色体説を持ち出したくなる背景が見えたような気がした。


結局は、歴代続いた皇室の「伝統」という男系天皇維持派の言説が、戦後60年経った僕達にとっては、祭りとか風習と同じレベルでの「伝統」の意味にしか聞こえないということなのだと思う。だから、幾ら「伝統」を力説されても、一つの意見として聞くけれども「確かに伝統は大事だけど、女系でも血が繋がるからいい」「伝統でも時代に合わなければ、変えたらいい」という反応になってしまう。


戦前みたいな縛りがなくなって、日本国民は天皇家を敬愛しつつも、天皇制の「俗化」は特に若い人を中心にゆっくりと進んでいるのだと思う。僕にとっての天皇陛下のイメージも、神聖不可侵な存在というより、一回並んだ事があるけど「沿道の国民ににこやかに手を振られている陛下」であり、テレビ越しで見る「腰をかがめて被災者に優しい言葉をかけられる陛下」だ。
そういった僕達が抱く「伝統」というものと、男系天皇維持派がなんとしても守るべきと考える神聖な「伝統」とは意味合いが全く違うから、「伝統」という言葉だけでは、多くの日本国民を納得させることはおそらく無理なのではないかと思う。彼らの語る「伝統」は大層で仰々しくて、日頃僕達が接する皇室のイメージにそぐわない。


また、維持派が主張する「伝統」に、既にケチがついてしまっているのでないかということもある。敗戦でGHQの占領下に置かれてしまったせいで、守るべき不可侵さ(「伝統」)を既に破られているような気がするのだ。有り体に言えば、「いくら伝統といっても、米国がその気だったら天皇制はなくなっていたのと違うの?」ということなんだけれど。


だから、「伝統」だけでは男系天皇を維持できないから、何とか説得力を増そうとして「科学」的な色彩を持つものが必要になったのが、例のY染色体説が出てきた背景だったりするのではないだろうか。素養がないから、いともあっさりとトンデモ説扱いされてしまっているけど。


以下、参考リンク。
天皇家の万世一系(男系)による皇位継承という伝統を守ろう!
男系天皇維持の主張サイト。マル激での百地氏との主張と殆ど一緒の内容。「女系になると、別の王朝になってしまう」と主張しているけど、今頃、どこかの宮家が復活した方が、よっぽど国民にとっては別王朝になってしまうと思う。


2005-12-04
旧宮家の人を呼んで、その人が杉村太蔵大仁田厚みたいな人だったらどうするの?という主張。これはマル激の中でも、宮台さんが同様のことを主張していた。