「真面目さ」と右派的言説

前回の記事のコメント欄。id:sean97さんのコメント。

「ゴー宣」読むのがインテリ、というのは、このレベルの学生ではまさにそうで、「漫画すら読まない学生」がほとんどだったりします。



「韓流」は何をもたらしたか?: 川瀬のみやこ物語 episode2

あと、ちょっと気になる傾向として、けっこう「勉強熱心」な学生が、「歴史の真実」というようなあおり文句に惹かれて、『マンガ嫌韓流』のような本を読むのではないか、という指摘がありました(でも「勉強熱心」と言ったって、あのマンガとかを読んで「目が開いた」と言っているレベルですから「もうちょっとお勉強してきてね」としか言えないのですが)。



ゴー宣や嫌韓流を読んで、目が開かれたと思ったり、知的優越感を感じたりするのは、確かになんだかなあと思うんだけど、僕も彼達を笑えないんだよね。僕も高校時代に落合信彦にはまっていた過去を持っているから。「狼たちへの伝言」とか読みまくっていたし。当時の僕の世界情勢に対する情報は、ほとんど落合信彦経由だったといっても、過言ではなかったと思う。多分、今の愛国ネチズンの人達と同じぐらい歪んだ現実認識だったんだろうなあ、きっと。


思い返して見ると、僕が落合信彦にはまってしまったのは、別に僕の信条や思想が落合信彦と一緒だったからとかじゃなくて、たまたま最初にそういう知的好奇心みたいなものを満たしてくれる様なものに出会ったのが、仲の良い友達が愛読していた落合信彦だったからだった。最初に出会った相手が悪かったという感じです。


今は、まずネットで情報収集するのが普通だろうから、その様なファーストコンタクトがネット右派的な言説になってしまう事が多いだろうし、今の若い人達の「インテリ志向」「勉強熱心さ」が、ネット右派的言説に絡め取られたりするのは、止むをえないのかなとも思う。(絡め取られる理由は、時代の空気とか、他にも色々あるのだろうけど。)


当時の僕に、「落合信彦って胡散臭いんだよ、彼の書いていることを全部信じたら駄目だよ」と言っても、「ノビー(落合信彦の愛称)を悪く言うな!彼はアメリカに単身留学して…」とか聞く耳を持たなかっただろうから、同じ様に、今の若い右派系の人達に何を言っても届かないのは仕方ないのだろうと思う。


いずれ、色々と知識とかも増えたら、認識や考えも変わっていくのだろう(僕もそうだった)けど、「サイバー・カスケード」やら、「デイリー・ミー」やらの言葉を聞くと、その様な時間が解決するという考えは、実は甘い期待なのではないかという不安も。